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2017年09月10日

[終]24 《時の追いかけっこ》 「時」に勝つ方法(2) ・「時」を越えた未来(さき)  [THE PAST POST]  



[THE PAST POST]  
▼△時の追いかけっこ△▼
2010.11.18 和泉川 落葉 桜


曲と共に
かつての痛みが
よみがえります。
さて、「時」に勝つ方法とは?!


 家に帰ってから、キム・インジュンがくれたCDを聴いてみた。
 カスミ、カスミと繰り返す、あの歌。CDには韓国語の歌詞と共に、日本語訳も書かれていた。
「胸が、痛い
 胸が、苦しい」
 胸が…、胸が…と訳はなっていた。
「胸が痛い」とか、「胸がつまる」とかいう言い方は、日韓共通のものらしい。英語のheartというのは、心でも心臓でもそういう。
 アジアの街で聞いた時、キムがたどたどしい英語で伝えてくれたシンプルな訳の方が、正確ではなくても心に来た気がする。 
 CDの訳がけっして悪いのではない。訳を見ながら、その曲を聴き、当時かすみを失った心の空洞に響いてきたものを、もう一度味わった。
 あの時は、やるせなさでいっぱいだった。心がふさがれて、何も入らなくくらいだった。
 それが、今はまったく違うもので満たされている。くすぐったいほどの幸福感が、全身に伝わってくる。

 いつも、五年という時間と、追いかけっこをしてきた。
 かすみと再び会えた奇跡は、なんというのだろう、「時」のカラクリを利用して、ちょっとごまかして得てしまったものに過ぎないと思う。
 「時」に追いついたといっても、一時的なものだ。いつかまた、死という別れがやってくる。
 むしろ、それが当たり前なのだ、とも思える。また、いつか突然に、やってくるのかもしれない。
 恐れても仕方がない。今与えられている猶予期間は、数日なのか、数十年なのか、覚悟はできないけれど、それよりは、今を大切に生きようと思う。
 ただ愛すればいいのだ。そして、永遠に残るものを、魂に刻んでいくのだ。そうすれば、もう、間違いようがない。失うこともない。別れが来ても、いずれ会えるそんな印を刻んでいくのだ。
 そうして初めて、機会があるかもしれない、「時」に勝つという。
 本当に「時」に勝つためには、本物にならなければならない。
 それは、生半可なものではなく、生死をかけるくらいのものだ。
 丸腰では、太刀打ちできないとわかっている。でも、だからかすみと一緒に行くのだ。五年の時を一瞬で変えてしまった、「愛」という特別なものを秘密兵器にして。
 いつか、別れる時が来ても、「愛」は手放しはしない、そうすれば、永遠に一緒にいられるに違いない。時間を越えていけるものは、「愛」だけだと思う。
 その瞬間からは、いつも逃れることのできなかった「時」という呪縛から逃れて、自由な羽で飛ぶ、永遠の世界の住人になるのだ。
 かすみと死に別れたことで、自分を見失ったかつての自分では、乗り越えることはできなかった。
 かすみと同時に自分自身のことも取り戻したと感じていた。一旦、めでたし、めでたしというオチでいいだろうか。
48

愛することを知ると
物事の真理にも
通じるようになるのでしょうか。。。

次回は、この小説の
最終話です!
続いてどうぞ↓






2014.05.19 瀬谷市民の森 ハルジオン 落ちる葉


いよいよ、最終回!!
タイム・パラドックスの
ファンタジー。
「時」に翻弄された男女の
行き着いた所は?!★



「時」を越えた未来(さき)



 そうして程なく、私たちは一緒の生活をスタートさせた。お互いにお互いを得たのだ。何ものにも変え難いものを。
 ただ、私の記憶には、はっきりと残っていた。かすみを亡くした時の、立っていることも難しく感じたショックが。
 また、かすみの両親のお葬式での様子、また帰国して、Xday直前に家を訪ねた時に、十年日記を受け取りながら、義母の瞳に浮かんでいた悲しみの色、絶対に今度は笑顔に変えてあげたいと、悲壮に誓ったことが。
 かすみを取り戻して、すべてが変わった。かすみの両親は、結婚式で涙したものの、いつも私に笑顔を向けてくれ、あのような悲しみの色を見せることはなかった。
 私の両親もだ。かすみを嫁に迎えたことを、私以上に喜んでくれた。
 幸せな日々が続き、子宝にも恵まれた。
 あの悲嘆と虚無感の中に過ごした五年間は、私には逆に貴重な経験だったともいえるが、それは、私たちの歴史には、まるでなかったものとして、なんの記録にも残っていないのだった。時々、夢だったのではと錯覚する。
 ある時、かすみが心のうちを思わずもらしてきた。
「神様は本当に許してくれたのかしら。本当にいいのかしら。私は死ぬはずだったのに」
 私は、分からないままに、はっきり答えた。「いいんだよ。ずっと未来にまで僕たちの命は繋がっていくんだ。だめだなんて言うなよ。いいことだろ」
 このように祝福されていいのだろうか。私もそう、思わないではない。ただ、子どもたちが生まれてきたことを、神様も喜んでいないはずはない、とも思うのだ。
 私たちは、いつも死と隣り合わせにいると自覚しながら、過ごして来た。
 貴重な時間だった。
 もしかして、もうその時が次の瞬間にも来るかもしれない。かすみでなかったら、私の方が先に神様に呼ばれるかもしれない。

 私たちの手紙を届けてくれた「時のポスト」は封印して、クローゼットにしまってある。もしかして、また使ってしまったら、何かの間違いが起きないか、なんだか怖かったから。
 私とかすみは五年の時を隔てることなく、現在を生きている。
 今更、かすみは五年後の私の手紙はいらないだろうし、私も五年前のかすみに何かを送る必要もない、そう思っている。
 それぞれがもらった手紙も、まとめてしまってあった。かつて、かすみが手紙の替わりに折った小さな折鶴たちも一緒に。
 そして、もう一つ、何年か経って、青葉台高校のブラスバンド部の部室が新しくなった時、不要になった錠前をもらい受け、一緒に保管している。4桁の数字を合わせる鍵だ。
 錠前の4桁の数字は、2030と、1の途中で止まっていた。
 それは、年号のようにも見えなくもなかった。だとしたら、今よりもう少し未来だ。今は目が離せない子ども達も、中学生の生意気盛りを迎える頃だろうか。

 さて、私たちの未来はいつまで続くのか、神のみぞ知るところだ。
 しかし、その今生の別れは、イコール、「時」を越えるその瞬間になると、私は確信している。
49

 [THE PAST POST]
▼△時の追いかけっこ△▼

目次・小説と登場人物の紹介は こちら から
これまでの前書き・あとがきなどはこちら↓
Leaves - コピー.jpg§ 連載を終えて § 
Leaves - コピー.jpg§ あとがきにかえて §


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ハルジオン 落ちる葉
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プロフィール
ほんままゆみ(本名:栗原まゆみ)
物心ついた時には、何かを読んでいました。物語は小学生、詩作は中学生から始めるも、世界平和と結婚の夢の前に、一物書きになる夢は横に置いて、気づけば元文学少女に過ぎない、おばさんになっていました。子の乳離れを期に、書き溜めた小説を編集し始め、その後ブログをはじめました。
ヨーロッパ滞在歴≒ボランティア歴ありの、三男一女の母。

見えない世界、霊界、神様について、人生については、もう一つのブログをどうぞ。
夢を叶えたい人、カウンセリング募集中!(四柱推命鑑定も可。)
こちらから→幽霊っているんでしょうか

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2017年09月09日

23 《時の追いかけっこ》 「時」に勝つ方法(1)  [THE PAST POST]  



[THE PAST POST]  
▼△時の追いかけっこ△▼
2015.11.05 追分市民の森 枯葉


パーティーで
スピーチを語り終え
かすみの手を取る斉藤は…★



「時」に勝つ方法



 つい一ヵ月前には、まだ、日本に帰国してさえいなかった。ボランティアに身を奉げようと覚悟したわけではなく、ただ居場所を求めて、空と人々の瞳が限りなくきれいな、アジアの片田舎の村に引きこもっていた。
 かすみと再び会えるなんて、夢にも思わなかった。永遠に会えないと思って、喪失感と後悔の念にさいなまれながら、彼女だけでなく、自分のことさえも失くしていた。
 かすみと再び会えるまでは──それは初めてまともに出会ったのだが──本当には生きていなかったのでは、と思われた。
 息はしても生きているとはいえなかった。愛を呼吸して初めて、私の魂が、息を吹き返した。
 二人で手を携えて歩くということ、それが本当の人生の始まりだと、ようやく気づいた。私は、進むこともできずに、漂っていたにすぎない。
 もしかして、今までは暗がりの中を手探りで歩いていたのかもしれない。ようやく光を知ったような感覚だった。
 いつもすぐ近くにお互いの杖になる存在があるのに、暗闇に惑わされて、その手をいくら伸ばしてもつかめなかった。
 もう絶対この手を放したくない。光を得たから、もう見失うこともない。
 かすみを見た。
「君という人は…」私の声は、自分でも意外に思うほど、優しかった。
「ごめんなさい」
「謝ることなのか?」
「でも、一度も会ってないのよ。遠くから見ただけ」
 彼女の五年間を、私がとやかく言うことはできない。こうしていてくれるだけで、ありがたいのだから。
「そうして、僕の家に行って、家族とも親しくなって…。責めてるんじゃないよ。ありがとう」
「先生も、ありがとう」
 私は、さっきから掴んだままのかすみの手を、もう少し優しく握り返した。
 湧き上がる思いはなんだろう。安堵感、幸福感、でもどこか泣きたくなるような気持ち。

 NGOのパーティーの翌週、ユウジとキム・インジュンとで会った。
 四年以上、費やしたボランティア期間も無駄ではなかった。彼らと会うと、無条件に懐かしかった。
 いきなり、ユウジが言った。
「おめでとう」
「…?」
「え、やっぱり!おめでとう、ヒロ」と、キムまで言い出す。
「なんだよ」
「あの立派なスピーチで、言えばよかったのに、『僕たち、幸せになります』って。もっとウけたはずだ」
「ヒロ、幸せになるんだね」
「何を…」
46







2013.10.24 ベーリック・ホール ハロウィン装飾 暖炉


ユウジと
キム・インジュンに
「おめでとう」と言われ…★


「顔に書いてあったよ。スピーチで『日本人っていいな』なんて言って、丸わかりだ。彼女が一番いいんだろ?」
「…」
「彼女の方ばかり見ていたくせに」
 やはり、かすみのことを言っているのだ。
「そうだ、ヒロ、プレゼントがある」と、キム・インジュンが15センチ四方の袋を取り出して、渡してきた。
 それは、CDだった。日本用に発売された韓国のシンガーのものだった。
「それ、ヒロのフェイバレット・ソング(お気に入り)が入ってる」
 まさか、あの曲だろうか。
「ヒロ、何回も何回も聞いてたね。なぜか、わかったよ」
「なるほど、女の名前だったな。あの時言ったとおりだろ、インジュン」
「でも、ユウジの言ったのと違う。失恋って言ったよユウジ」
「ただのホームシックだったのか?」
「違うよ」私はようやくそこで反論の声をあげた。
 とはいえ、あの時にはかすみが死んでいたのだとは言えない。そう言えば、まるでかすみがゾンビのようになってしまう。
「失恋じゃないけど、ちょっと人の生死に関わってね、辛い時期だった」
「なのに何よ、この間の、にやけきった幸せそうな顔は」
「ヒロとカスミは結婚するの?」
 キムの単刀直入な問いに、照れくさいが答えるしかなかった。
「ああ」
「二人はいつ知り合ったんだ?」と、ユウジ。
「高校のブラスバンド部の先輩、後輩だ。教育実習に行った時、彼女が高校生だった」あえて、小学生と中学生で初めて会ったとは言わなかった。
「それで、先生って呼んでたんだね、カスミは、ヒロのこと」
「まあね」
「胸が痛かったんだね、kasumi(カスミ)…」キムが言うとユウジが茶化した。「待たせていたから、心苦しかったんじゃないか」
 妙に当たっているから、答えようがなかった。
「あっちでは、女に興味ないって、顔してたのにな」
「実は、イ ノレ、歌、死んだ恋人に会いたいって歌なんだ。あの頃、いつも、悲しそうに見えたよ、ヒロ。だから言えなかった」
「何時間もかけて、俺たちのとこに来てくれたよな」
「時間だけはあったからね」
 人恋しさ、また、日本語での会話を求めて、交通手段のない隣町のユウジとキムのいる所まで、歩いて行ったのだ。
 今、彼らと顔を合わせるのも、あの時ほどではなくても、心が落ち着くものだ。
 また、時々会うことを約束し合って二人と別れた。
47

 [THE PAST POST]
▼△時の追いかけっこ△▼

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2017年09月08日

22 《時の追いかけっこ》 思 い  [THE PAST POST] 



[THE PAST POST]  
▼△時の追いかけっこ△▼

2012.11.07 和泉川 橋の欄干に落ち葉



さて、かすみが
沈黙を破って
語ります★



思い



 パーティーが佳境に入ると、最近、現地に行って来たメンバーがスピーチするのが、恒例だという。
 四年以上行きっぱなしだった私と、一年の任務を終えてから来たことがなかったというかすみ、両方に声が掛かった。
 かすみがまず壇上に立った。現地の状況と活動した内容を簡単に説明してから、彼女は、しっかり顔を上げると話し始めた。
「このボランティアを終えて、たった一年だったんですが、本当に得るものが大きかった、一言で言えば、感謝の期間でした。
 そもそも私がボランティアに行きたいと本気で思ったのは、中学生の頃でした。
『世界中の人が幸せになるのが私の夢』と、言ったことがあるんです。とても無謀な、本当に夢のようなことかもしれません。
 私のその夢を肯定してくれた人がいました。『君が願うならそれは可能だ』と」
 過去のことが一気によみがえった。高校生のかすみが、頬を少し高潮させて話してくれた時のこと。
 そして、中学生のかすみの背中を押したのは、他でもない、やはり私だった。
 私のボランティア行きを、澄子が真似っこしたのではなかった。私が彼女の夢を追ったのだ。現実から逃れるために。
 彼女は夢の一端をすでに叶えたのだ。
「その人はこう言いました。
 世界中の人がいっぺんで幸せになる、魔法のような方法は思いつかないけど、私のできるところから、たった一人でも笑顔にしてあげるところから、出発したらいい。それが無理でも、私からでも幸せになって、それを周囲に届けていったらいい。そして、それが世界に広がっていけば、不可能なことじゃない、と。
『いいことは、まず始めることだ。そしてあきらめずに続けることだ』
 この言葉が、私がボランティアを始める原点になりました。
 さて、念願のボランティアに行くことになって、私はできるだけのことをしようと意気込んでいました。どこか、施してあげよう、みたいな思いがあったかもしれません。
 実際、あちらに行ってみて、どんなに自分が傲慢だったか、知らされました。
 私は、逆に多くのものを得たと思います。現地の何も持たない人々から、教えられることが多かったのです」
 これが、かすみだ。かすみは、命を無駄にせず、彼女らしく生きてくれていた。
43

引き続き、次の回もどうぞ↓






紅葉1


かすみの
率直なスピーチ、
続いて斉藤も?!★


「日本から一歩出てみて、気づいたことは多かったのですが、一つは、日本の美しさや、日本人の素晴らしさ。もう一つは、無駄なものが多い、ということです。
 帰国してしばらくは、何もかもがもったいなくて、捨てられなくて、逆に苦労しました。
 日本の豊かさを、日本だけで使ってはいけない。現地の大切な友人たちに、日本で持っているものを、みんな分けてあげたいと思います。
 ただそれを持っていくのが難しいですね。物資だけの援助では、途中でいくらでも欲張りな人がいて、横取りしようとしますから。
 ですから、ここでの活動は、必要だと実感します。生身の人間が、ただ行くだけでなく一緒に生活して、あちらの人たちと人間同士触れ合い、信頼し合うことがとても大切だと思うのです。
 そのような一人として、現地に赴けたことを誇りに思い、本当に感謝しています。ありがとうございました」
 拍手に包まれて、壇上から降りるかすみが、輝いて見え、誇らしかった。

 続いて、私が壇上に立った。
 ほんの数十センチの高さでも、人の上に立つと、教壇で語ってきたからか、何かスイッチが入ったように感じた。
「四年五ヵ月の間、日本を離れていましたから、本当に浦島太郎状態です。帰国して数週間経ちましたが、私自身がここに立っているのも、不思議な感じです。
 ここに来る途中、スクランブル交差点を人が一斉に歩いてきますよね。東京は久しぶりだったので、以前は何も思わなかったのに、とても不思議な気がしました。新種の生き物というか、他の惑星に来たような感覚で。うまく日本語ができないのですが。
 最初は現地の言葉も習慣や文化もわからず、不自由でした。しかし、言葉がなくても通じるものがあるという、人間自身のつながりもいっぱい持てましたし、長くなって意思疎通に困らなくなると、いろんなことが見えてきました。
 欧米では日本女性と違い、男性は受けが悪いということでしたが、私が行った所は、日本にはなくなったような、古い時代の良いものが残っていました。封建的というと悪いイメージがありますが、家の中で、父や祖父がしっかり責任を果たしていて、頼もしい存在であり、私も男性として立てられるというのですか、日本とはちょっと違う待遇をされて戸惑いました。
 アジアの貧しい国では、女性たちはまだ十代でお嫁に行き、働き続け、若くて母になって、苦労しているという面もあります。しかし、日本の女性に比べて不幸かといえば、一概にそうは言えないと思いました。
 彼らは誠実に生活していて、つつましく生活が成り立っている分には、とても幸せそうに暮らしています。
 西洋化の波の中で、確かに教育を受けられなかったり、医療が滞っていたり、そういう面では、私たちの援助が必要ですが、ただそういうものを施すのではなく、自分たちで習得し、自立していけるように、具体的なサポートが必要だと感じました」
44

斉藤先生が
話します。
ま、ちょっと聞いてあげてください。
引き続き、次の回もどうぞ↓






2010.11.26 和泉川 手すりに桜




「私が四年余りの活動の中で何をしてきたんだろうと思った時に、外的な活動はいろいろしましたが、彼らの家族のように、兄弟のように寄り添えて生活できたのが、何よりよかったです。
 文化や言葉の壁がありましたが、私は日本で中学教師をしていたので、その経験が役立ちました。
 しかし、日本人には本当によいものがありますね。人間、突き詰めれば真心しか通じないです。日本人の、勤勉でまじめにコツコツという面が、分かる人には分かるのです。
 相手がどうであれ、変わらずに一貫して、自分のできることをし続けていくこと、与えられた本分というものをわきまえてやっていくこと、これは、親から受け継いだ、日本人のよい面だと思います。私は、世界中を回ったのでもなんでもないですが、アジアの小さな村にいて、感じたことです。
 言葉が未熟だったり文化の違いがあるから、誤解も生じます。ただ、ハートが通じた時の喜びは宝です。以心伝心ということは、いつもできるものではありませんが、現地でも感じたことは何度もあります。
 ただ、日本に帰ってきて、黙っていても通じる心地よさを感じました。日本っていいな、日本人っていいな、と。故郷の懐かしさや、家の居心地の良さを再認識できただけでも、海外に行った価値はあったと思います。
 私自身は四年以上いながら、残した実績はわずかですが、信頼の実績も含め、何かしら残せたのではないか、と自負しています。後任者たちに期待したいです。
 それから、私は帰国後すぐに母校の高校で教鞭をとっています。
 生徒たちに、私の経験を通し、良い刺激を与えていけたらと思いますし、できるだけ大勢の若者を現地に送り出して行けたらと考えています。彼らの視野を広げ、将来のためにも、日本や世界の国々のためにも、双方に有意義であると考えています」

 ずっと語ることのなかった者が口を開いたのだったが、心の内を語ると、共感する人の心が拍手の波となって、語った者に打ち返した。
 ボランティアの現地で、世捨て人のようになって、その地で骨を埋めることになってもいいと、積極的ではないまでも思っていた私が、何かに押し出されるように帰国したことで、今、思いを共感できる人たちの温かい拍手に包まれて、その期間も無駄ではなかったのだと思えてきていた。
 まだ、拍手の余韻の残る中を、私はかすみの傍らに戻った。彼女の笑顔での評価が何よりも変えがたく嬉しかった。
 笑顔に笑顔を返すという当たり前のことが、こんなにも心を穏やかに、平和にするのだ。
 そっと、かすみの手を握った。
45

 [THE PAST POST]
▼△時の追いかけっこ△▼

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