小説 ▼△三月 さくら待つ月
四月 しあわせの始まり△▼
さちとの時間を振り返りながら
心が満たされている志道。
「家族」と題した小節。
志道と家族との会話をメインとして
物語は進行します。
今日は弟、空との会話です。
空は橘家の美和と付き合い始めて
2年たつかという頃です★
家 族
志道はさちを送り届けると、そのまま“Jiro's Home”に向かった。「お早う」と、スタッフに声を掛けながら、志道の顔はにこやかで晴れやかだった。
「おお、色男の登場と…」待ち構えていた空にそう言われながら、志道は爽やかな笑顔をしていた。
そうして、昼時となると、空と昼食を取ることは、やはり避けられなかった。志道は一部始終を話していたが、空から根掘り葉掘り訊かれるのは照れ臭い反面、話せるのが嬉しかった。
「兄貴、やっぱり作曲してたの。ピアノを弾いているのは知っていたけど」
「時々閃きが来るとね」
「やっぱり父さんの才能を受け継いでるのは、麗美と兄貴だね」
「お前は音大出だろう?」
「俺のはね小手先だけなの。器用だから。芸術家じゃなくて、ただのピアノ弾き。…ところで、その最初の出会いのところだけど、やっぱりひらめきがあったの?そういうの、女はとてもグッとくるよね」
「そうなんですか?」
「兄貴が言えばバッチリだろうな。俺の場合はそういうことなかなか信じてもらえなくてさ。軽薄男は損だよ」
「あなたは軽薄じゃないですよ」
「よくわかってくれてる。そう見えるみたいよ。そうだね、兄貴の方が断然大胆だね、感心したよ。俺なんか好きだって告白しても『そう』って感じでそっけなくされてさ。最初から全然盛り上がらなかったんだから」
「あなたは軽薄じゃないけど、口が軽すぎるんですね。そういう意味ではもうちょっと口を慎んだらいいですよ、誤解されるから」
「うん。よく言われる」
「ところで、最初にひらめいたってこと、女性にはやっぱり響くと思いますか?」
「もちろん」
「今度言ってみます」
「そういうこと言わずに落とせたの、すごい」
「そういう言い方しないでください。ただ気持ちを確かめ合っただけなんですから。まだ誰にも言わないで、父さんと母さんに報告するつもりなので」
「ふーん、そう」
「絶対ですよ。相談したいこともあるんですから」
「結婚ていうことになると、なんか結構大変なんだよね」
「あなたはそこまで話がいってるんですか?」
「全然。お付き合いしてもらってるだけですよー。なんかね、家と家ということになると、女の方が引くわけ」
「どうして?」
「三和家の血筋ということで。それに父はピアニスト、妹も売り出し中で、一等地に高級な店を持ってる、と。俺なんか自分のものは何も持っていない、ここの給料だけなのにね。御曹司っていうこと。兄貴は長男だから尚更だと思うよ」
「普通じゃないんですかね、僕たち?恵まれてるかなとは思ってましたが。そういうことで寄って来る女性なんて興味ないですよ」
「とにかく、ややこしくならないためにも、父さんを通して、彼女を守れるようにしておいた方がいいかもね。今度店と家に雑誌の取材が来るって」
「なんで家も?」
「麗美のファミリーということでだよ」
その晩、志道は早めに家に帰った。両親に話がしたかった。父はいなかったので、電話で、話したいことがあると告げた。
「えっなんだ?改まって話すことか?」と、治郎は今すぐにも話を聞きたそうだった。
「電話ではなんだから、明日にでも直接話しますよ」
「志道、お前作曲をしているんだって?今度聞かせてほしいな」
「はい。じゃあ、今日のところは母さんに伝えておきますね」
電話を切った治郎は呟いた。「結局母さんなんだ。どうせ話したいことはわかってるさ」
さちのことで
頭がいっぱいの志道。
父、治郎は
彼の作曲が気になるようですが…。
志道の家族といえば、
両親と四人兄弟、
絆はまずまず強いようです。
ピアニストで音楽事務所社長の父、治郎。
シンガーソングライターとして妹、麗美も
順調に活動しています。
今日は丹野家での、
志道の母・陽子と息子の会話です。
さちに対する母の理解は
心強いかぎりです。
その前に、「告白」のきっかけとなった
前日の母と息子の会話を、もう一度★
陽子はコーヒーを入れてくれていた。志道は酒よりもコーヒーで慰労されるタイプだった。酒を扱う仕事をしていたから、逆に仕事中は飲むことはなく、たとえ飲む機会があっても、けっして呑まれることはなかった。
母と向き合って座りながら、昨日店の事務所で話した時とは、天地の差のように変わってしまった、と志道は思った。この母がどれだけ感謝する存在かわからない。
*
昨日の夕方、「紹介したい人がいる」と言われ「その気になれない」と断った志道に、母は封書を渡した。
「じゃあまずこれを見て。調査させてた報告が届いたから。古永さちさんのことよ」
「まさか彼女が結婚してるって…」
「私もね、そのことが気になったから、調査を依頼したの。病院で聞き込んだら、人柄も評判も申し分ないんだけど、あの時はしていなかったけど、結婚指輪をしているって言うじゃない」
「母さん、聞き込んだって、どういうことですか?」
「古永さんは私もよさそうな方だと思ったの。だから早速病院の人に聞いてみたのよ」
「で、何を調べたんですか?」
「だから、専門の人にね、見てみなさいよ」
志道は取り敢えずその書類に目を通した。彼は言葉をなくした。
最初は、信じられなかった。その書類を凝視して、固まった志道に、陽子は調査した言い訳をするように話した。
「ちょっと聞き込んだだけでは申し分ないお嬢さんだから、そんな必要もないって思ったんだけど、結婚指輪のことが気になって。それ以外は産婦さんに訊いてももちろん受けがいいし、同僚の助産師や看護師さんや、お医者さんに訊いても、有能で上にも下にも評判のいい人で、若いのに助産師になったのも、優秀だけじゃなくて頑張り屋じゃなければできないって…」
「これって」言葉をなくしていた志道は、ようやくそう発した。
「彼女は独身だし、もちろん結婚歴もないわ。お付き合いしている人もいないみたいね。これが事実よ、志道」
「母さん」
「辛かったでしょう。でもはっきりわかれば、すっきりするかと思って…」
「ええ。目が覚めたようです」志道は安堵の溜息をついた。
「母さん、ありがとう。何をすると思いましたよ。そうですか、人妻じゃなかったんですね」
と、また疑問が首をもたげた。
「じゃあ、どうして結婚してるなんて言ったんでしょうか」
母が言った。「女性はそう言って身を守ることもあるわ。結婚指輪をしてたのもそうでしょう、下心のある男性が寄ってこないように。
麗美もそうだけど、私も大学時代、ビン底眼鏡を掛けてたの。きれいだって言ってくれた人はいなかったけど、お父さんは私の心がきれいだって思ったって。この話聞いたことあるでしょ?」
「ええ。でもね、彼女は僕のこと、人畜無害な善意の男と思ってるんですよ」
「どうして?」
「だってそうでしょう。無害な男の車だから寝れるんですよ」
「寝れるって?」
「夜勤で疲れているんでしょう。座って少し会話をする間もなく眠っちゃって、声掛けたくらいでは起きないくらいで」
「志道、わからないわよ。もっとじっくりあなたの良さを知ってもらったら。もう、きっと彼女もわかってるはずよ、あなたの良さは。嫌いな人の車になんか乗らないはずでしょう?」
「そう思いますか?」
「それに、あなたの前で眠れるってすごいことよ」
「嫌いな奴の側では熟睡しないですか?」
「そう思うわ」
母が見合いの相手だと、わざわざ準備した写真を、志道は手に取って見た。そして微笑んだ。
「…この人がいいと母さんが思うんですね」
もちろんそれは、古永さちの写真だった。志道の顔には、例の閃きが来る時以上の歓喜の表情が浮かんでいた。
11
コーヒーを前に、母と息子は微笑んで向き合った。
「ありがとう、母さん。報告させてください」
「お母さんも、早く聞きたかったの」
話を聞いて陽子は言った。「やっぱりいい娘さんでしょ」
「ありがとう、母さん。母さんの後押しがなければ、今日のようなことはなかったですよ」
「これからよ、志道。大切なのはずっと愛し合えるかどうかよ」
「ええ。でも今日が大きい一歩なんです。今までの僕とは全てが変わってしまった気がします。いずれ、父さんと母さんか、お祖父様が、いいという相手と結婚するつもりでした。僕にこういうことがあるなんて思ってなくて」
「もう一緒になると決めているの?」
「ええ、そうなったらいいと思っています。父さんや母さんがいいならですが。反対ってことはないですよね」
「お母さんももちろん応援するわ」
「よかった。反対されたら辛すぎますから。父さんはどうでしょうか?」
「お父さんにも少し話しているの。私がいいと思ってる娘さんがいるって」
「そうですか」
「でも志道、お父さんに反対されたらどうするの」
「えっ。反対なんですか?」
「あんまりいい反応ではなかったわ。きっと反対はしないと思うけど。お父さんもお母さんもあなたの結婚相手のことはずっと気に掛けていたの。なかなか適当な人がいなかったのよ、今まで」
「父さんが反対だったら。本当に反対だったらですが、多分あきらめますよ」
「あきらめられるの?」
「…さちさんのことをちょっとでも考えたら、あきらめられそうにはないですね。ただ、僕には父さんは絶対的だから、父さんが認めてくれないなら付き合えないですよ。きっと気に入ってくれると思うんですが」
「それよりも父さんはあなたのピアノのことを気にしているの」と陽子は言った。「音楽を本業にするつもりはないの?」
「僕には“Jiro's Home”がありますから。仕事には満足していますし、もっとうまくやるつもりですよ。音楽は、時々ピアノを弾いたり作曲したり、楽しんでます」
「最近思い出したの。亡くなった葉奈さんが言ってたこと。曾お祖父ちゃんのことだけど…」
33歳という若さで亡くなった一朗の妻、葉奈は、“星の家”にまつわる3家庭の間では、ちょっとした予言者のような存在になっていた。生前彼女が言っていたことが、今更ながら現実になることが、ままあったので。
「あなたがね、曾お祖父ちゃんの生まれ変わりのような気がするって、そう言ってたのよ」
治郎の母方の祖父は、まだ治郎と陽子が結婚した頃は存命だった。志道には曽祖父に当たるその人は、その当時ではハイカラな人で、若い頃ピアノに縁があったのだが、自身は家族の生活のために断念した。しかし、娘の嫁ぎ先は音楽家であり、孫たちも皆ピアノを生業にしていたから、孫の代になって自分の願いが叶ったのだった。
陽子は言った。「曾お祖父ちゃんにそっくりで、お父さんにもよく似ているってことは、あなたは音楽の道に行った方がいいんじゃないかしら。あなたには、曾お祖父ちゃんが亡くなる時に託された思いがあるような気がするの」
「実は、一昨年のお彼岸に墓参りに行ったでしょう。その後からですよ。止めてたピアノを弾く気になったんです。それから時々閃くようになって、曲を作るようになって。作るっていっても、その閃きを再現する感じなんですが」
そう、志道のピアノを通じての密かな喜びは、その時から始まったのだった。“星の家”の集まりが再会し、最初の敬老の日の集いで、久し振りにピアノを弾いてからだった。墓参りにいったのは、その前日だっただろうか。
「その話し方ね、よく似ているわ、曾お祖父ちゃんに。とても穏やかで紳士的な人だった」
「そうですか。曾お祖父さんに似ているんですか、僕は?」
「私もお若い頃は知らないからわからないけど、多分ね。丹波野のお義母さんなら、ご存知かも」
そんな話の後、志道は思い出したように言った。「さちさんを、今度の麗美のパーティーに誘ってもいいですか?」
「そうね。明日お父さんに話してみたら」
以前、さちに夫と来たらと誘ったパーティーに、今度は彼女を招待する、それを考えただけで胸が躍った。酒には酔わない志道も、さちへの思いには陶酔しているようだった。
13
その話し方も、瓜二つだという曽祖父?!
音楽好きはそのせいでしょうか。
志道の行こうとする道に、
音楽は切り離せないでしょう。
そうはいっても、さちに向かって動き出した気持ちは
もう止まらないようです。
今日の内容は、物語の構成上、
前回は描けなかった部分を
回想シーンとして盛り込んでみました。
物語の1話ごとの通し番号は
前のものを残しておきました。
登場人物の確認は家系図で→ [三月さくら 家系図] この時から2年の時が流れています 写真は:
ブラスバンド。 西洋館は盛春。 by
(C)芥川千景さん
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撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います
プロフィール
ほんままゆみ(本名:栗原まゆみ)
物心ついた時には、何かを読んでいました。物語は小学生、詩作は中学生から始めるも、世界平和と結婚の夢の前に、一物書きになる夢は横に置いて、気づけば元文学少女に過ぎない、おばさんになっていました。子の乳離れを期に、書き溜めた小説を編集し始め、その後ブログをはじめました。
ヨーロッパ滞在歴≒ボランティア歴ありの、三男一女の母。
見えない世界、霊界、神様について、人生については、もう一つのブログをどうぞ。
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