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2018年05月15日

(詩)17歳の君へ── 


17歳の誕生日を覚えていますか?
あのきらめきをもう一度?!

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17歳の君へ──


今日から17歳、何かができる

まだまだ17歳、と思っていたら
あっという間におじさんになってしまうけれど
一日一日、一瞬一瞬を大切に
魂に焼き付けて生きよう

きっと大人になって、思い出しても
眩しくて仕方がないような
17歳の日々を、作り上げてほしい

それは神様からのプレゼント
そして一緒に作り上げる新たな歴史。。。

今しかできない笑顔
今しかできないいたずら
今しかできない感謝
今しかできない涙の使い途
今しかできない優しさ
今しかできない絆つくり
今しかできない失敗
今しかできない跳躍。。。

17歳こっきりの特別チケット
有効期限が切れるまで
使い切って、乗り回して
たくさんスタンプを押して
自分の目で確認し、足で覚えよう 
その土の感覚 空気の匂いを
記憶していこう
それがきっと財産になる

期待しているよ!







ついこの間、息子が
17歳の誕生日を迎え、この詩を贈りました。
三月さくらには初めて紹介しますが
最初は若い友人に贈ったメッセージでした。
思いのほか気に入ったので、
上の息子や姪っ子などにも贈るのが
私の中で恒例になってきました。
彼らの青春応援歌であると同時に、
私も負けずに頑張ろうという
フレッシュな気持ちになれる詩です。
全ての方の人生を応援します。




よい一日 よい夢を

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写真は:ひでわくさん
撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います

トップ記事には、常に
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小説の連載は、次の記事より
お楽しみください ↓ 


下は小説の目次一覧です

  

 [THE PAST POST]
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京都と関東のとある海沿いの町を舞台にした物語
 雪洗YOU禅物語 
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シャボン玉飛んだ
映り込みの家庭
(いえ)

目次は こちら


小説 ▼△あの人は
広い傘をもっている△▼

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忘れられた零地点(ゼロポイント)
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「ひのくに物語」全59話完結!




プロフィール
ほんままゆみ(本名:栗原まゆみ)
物心ついた時には、何かを読んでいました。物語は小学生、詩作は中学生から始めるも、世界平和と結婚の夢の前に、一物書きになる夢は横に置いて、気づけば元文学少女に過ぎない、おばさんになっていました。子の乳離れを期に、書き溜めた小説を編集し始め、その後ブログをはじめました。
ヨーロッパ滞在歴≒ボランティア歴ありの、三男一女の母。

見えない世界、霊界、神様について、人生については、もう一つのブログをどうぞ。
夢を叶えたい人、カウンセリング募集中!(四柱推命鑑定も可。)
こちらから→幽霊っているんでしょうか



 LOVE JAPAN

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「季節の詩 愛の詩2018」一覧

【関連する記事】
posted by kuri-ma at 08:03| Comment(0) | ★季節の詩 愛の詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月21日

18〈シャボン玉'18〉 22歳の別れ 1  「シャボン玉飛んだ♪映り込みの家庭(いえ)」《後編》



シャボン玉飛んだ♪
映り込みの家庭(いえ)

親子2代の愛の物語☆
凍る池。


兄妹時代を過ぎ、
いよいよ
卒業のシーズンが
近づいてきたようです★



  22歳の別れ



 二月には菜波の誕生日があった。お祝いをすることを故郷の鳴沢の祖父母も、そして母方の山野家の祖父母も心待ちにしているので、ある金曜日の晩、久し振りに3人で帰省した。
 拓海のことを血がつながらない孫と知りながらも、両祖父母は彼と弟妹を差別することはなかった。それは今でもそうだ。彼らにとっては、赤ん坊の頃から馴染みのかわいい子どもだった。
 故郷に帰ってくるとやはり落ち着くのだが、拓海にとっては、若干の淋しさがあることは否めなかった。当然のようにここにいる自分が、図々しいようにも感じてしまうのだった。
 それでも、事実を知ってからの7年の歳月の間に、拓海はそういうことすらも、自然に受け入れられるようになっていた。持ち前の飄々としたマイペースさが表れてきていた。

 拓海は父、大吾に「最近どうだ」と声をかけられた。「就職して2年3年たつとさ、社会の裏の面が見えてきて、うんざりしたりしないか?」
「あ、それ、去年の今頃は感じてたかな。マンネリってやつ。下っ端なのは変わらないのに、上には気を使ってばかりだしね。今も変わらないけど、そういううんざり感も、震災でどこかにいってしまったって感じだ」
「そうか」
「父さんはそうだったの、若い頃?」
「納得しないことでも、上司の言う通りにやらなければならないし、正直、キツイ時期があったよ」
「でも、会社変わらずに続けてきたよね。すごいよ」
「幸い、倒産にもリストラにも遭わなかっただけだ」
「キツイ時期って長かった?」
「そうだな。よく考えてみれば、あの頃の方が仕事の責任も軽いし、キツさが違ったかもな。母さんと付き合うようになって、結婚してお前たちができたら、いつの間にかそんなキツイなんて忘れていたな」
「母さんとは大学時代からの友だちでしょ?」
「学生時代は、何も考えてなかったよ。一生懸命やれば、何でもいい結果が出ると思ってたんだ。
拓哉が死んだりして、その頃も、うだうだ考えたし、あのままだったら、きつかっただろうな」
「母さんと付き合ったのって、大学出てからなの?」
「そうだ。拓哉が死んで少し経ってからだな。ある意味では、あいつのことがなければ、母さんと結婚しなかったかもな。友だちの中でも早い方だったと思うよ、結婚したのは。祖父さん祖母さんが急かしたということもあるが」
「父さんと母さんが結婚していなかったら、俺はここにいなかったよね」
「そうかもしれない。結婚してよかったよ。お前のようないい息子を持てて」
38

お父さんとしての大吾。
親父になりました…。
え?変わらない?
引き続き、↓次の回もご覧ください。






2010.09.02 和泉川 水溜りに夏の雲


鳴沢父子3人の会話から
スタートです。
なんか可笑しい。
そして、拓海と航平二人の生活が
再開しますが…★


 そこに航平が割り込んできた。「父さん、自慢の息子はここにもいるよ。兄貴だけえこひいきしないでよ」
 航平の口調の中には、しかし兄をひいきしてくれているのが、嬉しいかのような響きがあった。「母さんと結婚して、俺たちのような出来のいい子どもを持って、父さん、幸せだよね」
「その通りだ」父の話はそこで終わらなかった。これはいい機会と言わんばかりに、息子たちを相手に、自分の若い頃の話を始めた。女性たちと違い、息子は父の話の腰を折ることなく聞いてくれた。
 散々話した後、「お前たちにも、そろそろいい相手がいるんじゃないか?」と訊いてきた。いないと聞くと、昔の自分がその手の話をどれだけ敬遠したが忘れたように、もしできたら、すぐに連れて来るようにと言うのだった。
「何やかや言っても、男は家庭をもつと違うからな。なんだったら、紹介しよう。最近は見合いも流行っているんだろう」
「祖父ちゃんや祖母ちゃんとおんなじこというようになったね、親父も」と、航平はうんざりした声を出した。
「父さん、俺は当分無理だと思う」と、拓海は言った。
「ん?」
「結婚も見合いも、当分遠慮するよ」
「兄貴はその気になれば、よりどりみどりだもんな」
「おい、誰でもやたら付き合ったりするものじゃないぞ」
「わかってるよ、今までそうしてきた」
「なら、いいんだが…」
「付き合うんなら、母さんのような人にするよ」と、拓海が言うと、二人は彼を見た。「…それか、祖母ちゃんたちみたいな人、か」と、言うと、二人は笑い出した。
「マジなのに…」拓海はそう言うと、彼らの笑いに合流した。個性豊かな祖母たちの顔を想像すれば、笑えないはずがなかった。笑いが落ち着くとまた言った。「祖母ちゃんは俺の理想のタイプなんだぜ」
 航平はまた噴き出しかけながらようやく訊いた。「どっちが」
「足して2で割った感じ」
「そんな女いるか?!」

 もう卒業間近となり、卒業式まで大学に行く必要がない菜波を、実家に残し、拓海は航平と一緒にアパートに戻った。菜波の荷物は荷造りして、送ってあった。
 ボロアパートも住めば都で、それなりにまともに生活して来れたのは、菜波がいたからかもしれなかった。航平は、星一の店アルバイトした経験上炊事もこなせたが、拓海は苦手だった。週の半ばを過ぎると、部屋の中も散らかり、すぐに男所帯の様相になった。
「兄貴、俺明日から出張でいないから。週末挟んで水曜日まで」
「そうか」
「淋しそうに言うなよ」
「淋しいわけないだろ」
39

この兄弟の会話は
まだ続きます

登場人物と小説の解説は→ こちらから
 (ネタバレの怖れがあります!)
 前編をお読みでない方は、こちらへ →
 ☆新連載予告と登場人物紹介♪



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ほんままゆみ(本名:栗原まゆみ)
物心ついた時には、何かを読んでいました。物語は小学生、詩作は中学生から始めるも、世界平和と結婚の夢の前に、一物書きになる夢は横に置いて、気づけば元文学少女に過ぎない、おばさんになっていました。子の乳離れを期に、書き溜めた小説を編集し始め、その後ブログをはじめました。
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2018年04月20日

17〈シャボン玉'18〉 兄妹時代 3  「シャボン玉飛んだ♪映り込みの家庭(いえ)」《後編》



親子2代の愛の物語☆
シャボン玉飛んだ♪
映り込みの家庭(いえ)
キラリ!春〜^^


7年前の3.11の頃、
拓海たち3兄妹は…★


 数日たって、ようやく山形の祖父母の安否は確認できた。
 拓海は何か手伝えることがあればと、早速現地に行こうとした。
 その頃首都圏ではガソリンを手に入れるのが難しかったが、現地でももちろん無理に違いないので、帰りの分もようやく確保して、友人のボロ車を借りて航平と二人、ほぼサバイバルの行程を経験した。
 その後二人はボランティアの団体を見つけ参加したり、交通手段が通常に戻ると、休みの度にほぼ隔週で行くようになった。
 それまでは、ほんのたまに故郷に行く時に使っていた夜行バスだったが、行き先は方向違いの被災地にスコップを担いで出かけ、月曜の早朝、会社が始まるずっと前に到着し、着替えて時間をつぶす、というパターンだった。一旦アパートに帰る時間は十分あったが、ネットカフェでシャワーを使い、休憩することが多かった。
 兄たちが行くことを知ると、菜波も付いて行きたいと言ったが、地震直後は、「ヘタに素人が行ってもあっちは物資も不足しているのに、足手まといで、食いぶちだけ増えたら迷惑掛けるだけだ」
「寝る場所も、トイレも大変なんだ。もちろん風呂も入れないんだぞ」と、兄たちの強硬な反対に逆らう余地はなかった。
 少し落ち着いた頃になっても、「向こうは余震が激しいんだ、地震嫌いのお前には無理だ」と一蹴されてしまった。
「こっちだって、余震もあって、こわいのに…」という言葉を兄たちに聞こえないように、小さく呟くだけだった。
 拓海が菜波を東北に行かせないのには、心配する気持ちもあったが、山形の祖父母との関係を知られないためということもあった。彼は、いまだに菜波が自分の出生について知っているとは思ってもいなかった。
 そのように被災地を往復し、拓海にとって、その一年は貴重な経験ができたと思っていた。それまで、山形には行ったことがなかったし、ほんの小さい頃に会った以来で、祖父母の顔も覚えていなかった。
 山形の住谷(すみや)家の祖父母、そして叔父の家族は、拓海たちがサバイバルの旅の果てに、初めて避難所を訪ね当てた時のことを語り草にし、美穂の他の子ども、つまり拓海の異父弟妹たちは顔を出さないのに、何度も訪ねて来てくれる拓海と航平に心から感謝を伝え、とても歓迎するようになった。
 それまで、自分に流れる血筋について、マイナスの思いを多く抱えていた拓海は、頑固だが堅実で、実は温かい祖父と、温厚で人の好い祖母や、素朴な叔父夫婦、純粋な従弟妹たち、朴訥な東北の人たちを通して、何かが解かれるような気がしていた。
 山形に何度も通ったせいで、実母の美穂とも会う機会が生じた。
 一度は、一緒に山形まで行ったし、大概は拓海が行く前に、向こうに必要なものを預けることを口実にして訪ねてきた。何度も会ううちに、他人行儀だった関係は改善されて、母子のごとくとはいかなかったが親しみを持てるまでになった。
36

日本全体を大きく変えた
ともいえる3.11
また、拓海の心も
これを機会に大きく変わることになりました
引き続き、↓次の回もご覧ください。






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兄妹3人での生活…
いつまでも続くかに見えましたが…。
「兄妹時代」の最終話です★


 震災の悲惨な状況の中で、山形の祖父母家族が自分を受け入れてくれたこと、そして、誰かの役に立つことができるという喜びを知って、拓海は今まで悶々として越えられなかったものを、一気に飛び越えてしまったような気がしていた。
 なんにせよ、自分がこの世に生れてきて、ここに今いることは、確かなことで、生きていられるだけで幸せなことだと、心の芯から思えた。そして、何が大切なものなのかも、わかった気がした。
 ある時、航平と二人、山形の祖父母の家の片付けに行こうと向かっていた時、道を間違えて、全然知らないところに入り込んでしまった。そこには、人っ子一人いなかった。皆が避難していて、立ち入り禁止の地域になっていたのかもしれない。物音ひとつしない静寂というものを、初めて知った。
 災害の起こる前には、当たり前のようにそこに多くの人たちが暮らしていて、様々な音が生れていたはずだ。ゴーストタウンのような不気味さから抜け出すように、来た道を逆戻りして、人がいる所に出た時には、すごくほっとした。
 拓海が東北行きをライフワークにするようになった一年の間に、菜波は就職活動をし、両親や拓海の意見通りに、故郷の磯辺市近郊の会社に内定していた。
 菜波の卒業と共に、3人兄妹での生活は終わりとなるのだった。

 拓海はこの4年間、そして、故郷を離れてからの7年間を思い返していた。
 自分の出生の秘密を聞かされ、地が裂けてしまったように、元には戻れないと感じていたが、あの時、壊れたように感じたものは、一体なんだったのだろう。
 今でも、故郷の家族が自分の本当の家族としか思えないが、実の血縁の人たちとの関係が育ってくると、そちらも大切だと思えるようになった。みんなが親戚であり、大きな家族のようなものに感じられるようになっていた。
 あんなに心が砕け散ったと感じていたのに、そうではなかったのだ。一皮むけただけだったのかもしれない。そして、今は前のようには簡単に破れたり壊れたりしない、タフなものに変わったようにも感じた。
 横浜や山形の祖父母、実の母の美穂と、異父弟妹、彼らとの関係が、自然になるにつれ、故郷、磯辺市の、両親と祖父母の存在が、更にありがたく、大切に感じられたし、航平と菜波のことも当然そうだった。
『楽しかったな』と、拓海は3人での生活を振り返った。楽し過ぎるくらいだった。でも、もう終わりにしようと決めていた。
 7年前、彼が大学入学のため上京する時、家族全員で見送ってくれた。
 菜波は泣き出した。涙を拭けと言うのに、最後まで泣き通しだった。
 そして、その3年後、菜波自身が上京することになった時は、どれだけはしゃいでいたことか。
 しゃべり止まないので、菜波ラジオと航平に言われた。「電源を落とせ」「口にガムテープをはるぞ」
 その後も菜波が機嫌がいい時は、うるさいと言って航平が叫ぶ、そのやり取りをバックミュージックのように過ごすのは、逆に拓海には落ち着く時間だった。
 そんな風に、この貴重な4年間も過ぎようとしていた。
『もう十分だ』と、拓海は心に呟いた。
37

拓海が気がついた大切なもの…
そして、
兄妹3人の生活も
終わりとなるようです。

登場人物と小説の解説は→ こちらから
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 ☆新連載予告と登場人物紹介♪




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ほんままゆみ(本名:栗原まゆみ)
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